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BUNGA NETの連載「アーキテクトボイス50」に、依頼もされていないのに51本目として応答している文章の、4本目である。第3部では、2021年のサウンディング型市場調査に提案者として加わった経験から、手続きの内側で何が起きていたかを書いた。2か月余りという申込期間、面談の記録が作られていなかったこと、外部の専門家の意見書がほぼ全面黒塗りであること。私の立場については第1部の冒頭に書いた。
ここから、一般則として取り出す。
事業者から非公開で聞き取る仕組みを、公共的な決定の根拠に流用すると、検証できない決定ができあがる。
これが、この件から取り出せる唯一の一般則だと私は思っている。
サウンディング型市場調査は、悪い制度ではない。事業者は競合に知られずにアイディアを出せるし、行政は市場の温度を早い段階で測れる。非公開が原則であることは、この手続きの長所であって欠陥ではない。全国の自治体で広く使われている。
問題は、その手続きの結果を、公共財産の処分という後戻りのできない決定の根拠に使ったことである。非公開が原則の手続きから出てきた結論は、非公開のままである。面談の記録がなく、専門家の氏名が伏せられ、意見書が黒塗りであることは、市場調査としては何も間違っていない。だが、その市場調査を経て解体の方針を固めた、と県自身が述べている以上、後から誰も検証できない決定がそこに一つできあがっている。
第1部で書いた新香川県立体育館の設計者選定と並べると、輪郭がはっきりする。同じ県の、ほぼ同じ時期に、二つの建物について外部の知見が使われた。設計者選定は、公正性を担保するために公開が原則で、一次審査を通過した者が公表され、130人の傍聴のもとで公開プレゼンテーションが行われ、映像記録が残っている。サウンディング型市場調査は、ノウハウを保護するために非公開が原則で、氏名は伏せられ、面談の記録は作られなかった。
どちらの原則も正しい。正しい原則を二つ並べた結果として、片方の建物の判断だけが検証できない。
だから、田根氏の制度提案への私の追加は、三つで済む。
・公共建築の保存活用の可否を、サウンディング型市場調査の結果に依存させないこと。
・依存させるのであれば、面談記録の作成と、判断に用いた外部意見の事後開示を、あらかじめ義務づけること。
・募集期間を、組織が意思決定できる長さに置くこと。
制度がないのではない。制度の組み合わせ方の問題である。そして、これは香川だけの話ではない。
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乾久美子氏の稿に応答する。
乾氏は、文化的価値の評価があいまいな段階で建築家の側から硬直的なオーセンティシティ、真正性、つまり材料や技法やデザインがどれだけ本来の姿を保っているかという概念だが、それが主張され、管理者側が困惑するという、保存側の弱点を書いた。連載のなかで、最初に自陣営を批判した文章である。そして絵画修復の可逆性の原則を援用して、解体する側は判断を遅らせよ、保存する側はルールを伴う改修を許容せよ、と両側に一つずつ要求した。
工事の一時停止に、連載のなかで最初に理論的な位置づけを与えたのも、この文章である。
そのうえで、二つ応答する。
一つ。判断を保留するとして、保留している期間の維持管理を誰が負担するのか、という問いに答えがない。乾氏は詳細を知らないと断って書いているから、これは不足ではなく、単に接続されていないだけである。
その答えは、2021年に一度、具体的な形で提出されている。私たちのBプランは13.4億円を県から借り受け、30年かけて建物内で得た収益で完済する。これは判断保留の期間を民間の事業として成立させるスキームそのものである。理論と実務が接続していないのではない。接続を試みた提案の側が、接続されなかった。
二つ。硬直的なオーセンティシティの主張について。
保存を求めていた私たちが出した案は、屋根を撤去する案だった。この建物の構造的な核心であり、我が国最初期の吊り屋根構造という価値の根拠そのものである部分を、外す案である。
それを2021年に出している。
そして設計者の側は、2026年3月の声明で、継承とは単に形を残すことではなく、今の時代に求められる新しい用途を有した上で継承していくことだ、と書いている。民間から用途の変更も含めた再生の検討・提案がなされるなかで、その可能性の議論が進まない状況を深く憂慮する、とも書いている。
保存側が形の維持に固執している、という図式は、この件については当たらない。
これは、私たちのほうが柔軟だった、という話ではない。屋根を外したのは柔軟だったからではなく、残す裏づけがなかったからである。第3部第8節に書いた通りである。だが結果として、2021年の時点で、保存側の提案はオーセンティシティの対極にあった。それでも通らなかった。
だから、乾氏が保存側に求めた譲歩は、この件についてはすでに済んでいる。済んだ上で成立しなかった。譲歩が足りなかったのではない。譲歩を受け取る手続きのほうが、機能しなかった。

屋根を撤去し改修した旧香川県立体育館CG
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香川県外の類似の事例の話をしておく。
1963年に竣工した下関市体育館が、2024年に解体された。設計は坪井善勝。丹下健三の香川県庁舎東館、国立代々木競技場、東京カテドラルの構造設計を担当した構造家が、構造設計だけでなく建築設計から関わった数少ない作品の一つである。連続する山形アーチの架構で、鉄骨造ながら合掌の形から水平梁の形へとなめらかに断面が変わる。屋根はアルミ板葺きの放物曲面だった。新しい体育館が2024年8月に開館し、旧館は解体された。
香川との共通点は多い。1960年代前半の体育館、大空間構造、代々木と同じ人脈、新しい体育館の建設に伴う解体。
だが、目指されたものが違う。下関では、最初から保存が目指されていない。
その上で、何が行われたか。
旧館の放物曲面屋根のアルミ板を丁寧に剥がし、新しい体育館のメインアリーナ棟、そのエントランスホール壁面の上部に、菱張りで再利用している。元は300ミリ角だったものを、傷んだ周囲を切って小さくして使っている。経年変化による塗装の落ち具合の違いを、そのままグラデーションとして見せている。当初の設計案にはなかったアイデアが出され、市長の承認を得て実現した。
旧館の2階ロビーで古い石膏模型が見つかったことをきっかけに、メモリアルコーナーが作られた。かつての石膏模型と、新たに製作された構造模型が並んでいる。常設展示化のためのクラウドファンディングも行われた。
そして2024年10月19日、日本建築学会中国支部が主催し、山口県建築士会青年部の協力で、解体現場の見学会が開かれている。学会の支部が、解体の現場を教育の機会として組織した。
この記事を載せたのは、このアーキテクトボイス50の連載を載せたのと同じBUNGA NETである。1年前のことである。
BUNGA NET/坪井善勝が設計した下関市体育館で解体見学会
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では、香川では何も組まれていないのか。そうではない。記録も部材の保存も、計画されている。
2025年5月20日の報道提供資料によれば、県は解体工事の予算とは別に、5200万円の記録保存事業を実施する。工事前、工事中、工事後の三段階で、図面、写真、動画、三次元データによって記録し、それに基づいて報告書を作成して学術的な価値をまとめる。記録に残す対象は、形状などの建物の現況と、建設当時の構造技術などの技術力である、と書かれている。あわせて、部材の一部を保存することも予定されている。
これは、きちんとした仕事である。
ただ、こうした内容は、県の報道提供資料のような一次資料に当たらなければ分からない。一般の人が日常的に目にするものではない。第2部で書いた通り、これだけの内容が決まっていても、第三者が伝えてくれなければ外に出ていないのと同じである。
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そのうえで、対象が違うということは書ける。
保存が予定されているのは、主に構造に関わる部材と、外構の記念物である。報道提供資料が言う、技術力を後世に残すという趣旨に沿っている。
下関で新しい体育館のエントランスに菱張りされたアルミ板は、そちらではない。あれは、人が見て、触れられる形で残る。
私が2021年の提案にふるさと納税の返礼品として書いたのも、そちらだった。剣持勇デザインの置き家具、桜製作所の作り付け家具、コトブキ製作のFRPの観客席、丹下事務所デザインの建具、140メートルの手すり、手書きの室名札、50年間使われていた立て看板。人が触っていたものである。

観客席手すり/PHOTO:Noriyuki Kawanishi
つまり、保存と、解体を前提とした継承が別の手続きであるだけではない。継承のなかでも、構造の証拠を残すことと、使われていた痕跡を残すことは、さらに別である。
下関は後者をやった。香川は前者をやっている。
どちらが正しいという話ではない。県は、この建物がどう作られていたかを残そうとしている。私が提案したのは、人がどう使っていたかの痕跡だった。
正直に書けば、私にはここに引っかかりがある。構造部材が残ることで、価値の継承になるのだろうか、という疑問である。学術的にはなる。だが50年ここに通った人にとっての継承には、たぶんならない。

トレーニング/PHOTO:Shintaro Miyawaki
証言についても書いておく。
設計と施工に関わった人たちの話は、第2部に書いた通り、2018年に日本建築学会四国支部の委員会と私たちの会との共同で、意匠と構造と施工の三つの側から聞き取っている。県のいまの記録保存事業に人の証言が含まれていないとしても、それは誰もやらなかったということではない。そしてその記録が、その後の県の判断に使われた形跡はない。

聞き取りの様子/PHOTO:Noriyuki Kawanishi
これは、県がやるべきことを私たちが代わりにやった、という話にしたいのではない。同じ建物について、解体決定の前に外側でだけ記録が積まれていた、という話である。
あと違いが残っているのは、下関では学会の支部が解体の現場を公開した、という一点である。香川では、いまのところそれは組まれていない。私が知らないだけかもしれないので、断定はしない。
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現在地を書いておく。ここは公表資料と報道で追える。
2025年7月、再生委員会が民間による買い取りとホテル活用の意向表明書を県に提出した。
8月7日、県が解体工事の入札を公告する。
8月25日、DOCOMOMO Japanが知事、県議会議長、教育長に要望書を出した。
8月26日、再生委員会が記者会見を開き、解体手続きの差し止めを求める法的措置と、住民監査請求を行う方針を表明した。
9月5日、解体工事の一般競争入札が総合評価方式、価格だけでなく技術提案の内容も評価して落札者を決める方式で実施された。
同じ9月5日付で住民監査請求が提出され、8日付で受理されている。これはのちに棄却された。
10月7日、入札の結果が判明する。予定価格9億2041万6200円、低入札調査価格8億4678万2200円に対し、落札額は8億4700万円だった。もう一者が8億9320万円で応札している。
11月27日付で、解体費用等の公金支出の差し止めを求める住民訴訟が高松地方裁判所に提起された。
12月11日、県議会が契約議案を賛成多数で可決し、県は契約を締結している。契約工期は令和7年12月11日から令和9年9月17日までである。
2026年3月10日、訴訟の第1回口頭弁論が開かれた。
3月20日の地元説明会では、アスベストや地盤沈下対策への不安が相次ぎ、着工が延期されている。
4月10日に仮設工事と外構の解体に着手した。
そして2026年9月3日、県は9月15日から10月14日までの工事中断を発表した。

解体工事中の旧香川県立体育館/PHOTO:Noriyuki Kawanishi
証拠保全、つまり訴訟の前や進行中に、現状のままでは失われる証拠を裁判所が調べて記録しておく手続きだが、その要請を受けた県の自発的な中断である。県は同じ発表のなかで、中断の期間が終われば直ちに工事を再開するとしていた。
BUNGA NETのアーキテクトボイス50の連載は、中断の発表の翌日に始まり、中断期間の最終日に、42人目で休載となった。編集部は、県が調査期間の終了後に工事を再開する姿勢を変えていないことを、休載の理由に挙げている。
なお、DOCOMOMO Japanの要望書は解体費を約10億円と記載しているが、提出は2025年8月25日で、入札の実施はその11日後である。当時利用できた最善の情報であって、誤りではない。金額が確定したのは10月7日である。
1年2か月のあいだに、これだけのことが起きた。11年動かなかったものが、この期間に集中している。
起点は、県が解体を実行に移す段取りに入ったことである。価値が新たに認められたからではない。解体の工事が始まると決まってから、はじめてこれだけの動きが出た。そこに7月の買い取りの意思表明が重なって、動きが一気に集中している。
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最後に、自分のことを書く。第1部で立てた命題の、最後の実例だからである。
2023年2月、県が解体方針を発表した。私は納得できず、約1か月半後の香川県議会議員選挙に出た。準備不足もあり、落選した。
以後、私は『建築家でありながら選挙に出て、敗れた人』として見られるようになった。私個人に、政治の色がついたのである。表で発言しにくい空気が、そのあとずっとまとわりついている。
勝ち負けの話をしたいのではない。制度の回路を使った結果として何が起きたか、という話である。
サウンディングに応じれば、手続きの内側に組み込まれる。組み込まれた者は、非公開の原則によって、自分が何を出したかを詳しく語れなくなる。
新しい県立体育館の評価委員を引き受ければ、委嘱(いしょく)の範囲の外は語れなくなる。
アドバイザーを引き受ければ、保存運動があることを理由に、氏名を伏せられる。それが自分と所属組織を守るための配慮であることは、行政不服審査の弁明書に書かれている通りである。
選挙に出れば、政治の人になる。
どれも、制度のなかで意思を示すための、まっとうな方法である。そして使えば使うほど、その後に語れる範囲が狭くなる。
私が10年で経験したことと、2018年の審査の席で起きたことと、アドバイザーの氏名が伏せられた理由は、同じ形をしている。
だから第1部の結論に戻る。これは近さの問題ではない。近づいた人から順に、語れる範囲が委嘱と手続きの内側に縮んでいく。近づくほど、その人は制度の一部になる。制度の一部になった人は、制度の外の議題を持ち出せない。
私は、この構造の例外ではない。例外であるどころか、もっとも典型的な標本である。近くにいて、発言し続けた一人がいて、それでも構造は動かなかった。だから私は、自分を証拠として差し出す。私は自由な立場だからこれが書ける、というわけではない。私は自由ではない。ただ、いま矢面に立っていないというだけである。

落選後ひとりで2年間続けた毎週朝の清掃活動
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その後のことも書いておく。
落選の翌年、2024年の8月21日から9月17日まで、JR高松駅の駅ビル内にあるオルネアートギャラリーで、「沈みゆく船からの手紙 旧香川県立体育館 発見された設計図展」という展覧会を開いた。構造設計をした岡本剛の家から、検討段階の構造図が見つかったことによる展覧会である。岡本剛は、1915年生まれ、1994年死去。会期中はトークイベントを何度か開き、近代建築の保存と再生の分野で全国的に知られる建築史家の方にも登壇いただいている。

沈みゆく船からの手紙 展/PHOTO:Noriyuki Kawanishi
2014年7月から、この展覧会まで、ちょうど10年である。
会期中の2024年9月13日に、スペシャルトークイベントを開いた。私を含めた香川県内で活動する5人が、この建物について自由に語り合うという趣旨で行った。イベントの様子はライブ配信を行い、後に補足資料を加えた動画を公開した。
いま原告となっている旧香川県立体育館再生委員会の長田慶太委員長は、この日に登壇しており、展覧会をきっかけに動き始めた、とBUNGA NETのインタビューで語っている。2025年10月23日公開、聞き手は宮沢洋氏である。再生委員会の成り立ちについては、私が説明する立場にない。関心があれば、そのインタビューを読んでいただくのがいい。
BUNGA NET インタビュー:長田慶太氏
そのインタビューのなかに、私が書いておきたいことが二つある。
一つ。彼は2024年、解体費が約10億円と報道されたあと、その妥当性を検討する有識者委員会を設置してほしいという要望を議会に上げようとして、一人で県議会議員を回っている。相手にされず、応じる議員にたどり着くまで数か月かかり、2024年12月の議会で一般質問に上がったが、答弁で流された、と述べている。
第1部に書いた通りである。議会に旧香川県立体育館を持ち込む回路は、存在していた。2015年には解体を促す側から使われ、2024年には検証を求める側から使われて、通らなかった。同じ回路が、方向によって違う働き方をしている。
二つ。彼は、10億円という数字が出たことで物事が初めて俎上(そじょう)に乗った、一般の人も客観的に判断ができるようになった、という趣旨のことを述べている。
同じ数字を、私は逆の意味で受け取っていた。
10億円が行政の出した具体的な数字であることの大きさは、私も分かっていた。それまで、この件について外に出ている金額らしい金額はほとんどなかったからである。だが同時に、私はそれを、県の内部で予算がついたということだと理解した。予算がついた以上、解体への動きを止めるのはこれまでより難しくなる。そう読んだ。
一方は、これで議論が始められると読んだ。もう一方は、これで止めにくくなると読んだ。
どちらも当たっていたと思う。数字が出たことで一般の人が判断できるようになり、同時に、行政の側では後戻りしにくい段階に入った。判断の材料が外に出るのが、動きを止められる時期を過ぎてからだった、ということである。
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そのことを、県内の読者に向けて書いておきたい。
2014年8月、当時の教育長は雑誌の取材に対して、旧香川県立体育館の閉館について県民から批判的な反応は届いていない、と述べている。2015年11月の県議会では、県立体育館の保存に対する県民意識はそれほど高くはないと思われる、と質問した議員が述べている。
どちらも、届いた反応がない、という話である。県庁に苦情が来ていない。自分の周りで声が上がっていない。それが、県の側にも議会の側にも、保存を求める声は強くないという認識をつくり、判断の材料として使われている。
だが、反応がないことは、賛成でも容認でもない。
この件について、県民に意思を問う手続きは行われていない。世論調査も、公聴会も、意見公募もない。問いが公に置かれていなければ、反対も賛成も形にならない。反応の不在を材料にできるのは、問いが置かれていた場合だけである。
そして、仮に問われたとして、県民は何を材料に判断できただろうか。
県自身の改修費の試算、約18億円という数字は、サウンディング型市場調査の実施要領にしか書かれていない。正確には、その別添である建物の概要の、工事費試算の項である。提案を出そうとする事業者が読む資料であって、県民に向けて示された数字ではない。そして県は、その調査のページを削除した。いま同じ数字を確かめようとしても、たどり着けない。
10件の提案が出たことも、そのうち2件に事業計画が付いていたことも、2022年1月の結果の公表で示されている。ただし、そのページも数か月後には削除され、見られなくなった。
そして、そこから先は最初から出ていない。提案の中身は公表されていない。面談の記録は存在しない。専門家の意見書は黒塗りである。
これは県民だけの話ではない。面談の場にいなかった人は、県の内側にいても、記録を通じてしか、そこで何が示されたのかを知ることができない。面談の内容に限っていえば、判断の材料が届かないという点で、県民の立場と、判断する側の立場は同じ形をしている。
賛成も反対も、材料がなければ形にならない。反応がなかったのは、関心がなかったからとは限らない。
そして2024年に、解体に10億円かかるという一つの数字が出た。それだけで、この件は初めて多くの人の議題になった。10億円は、判断の材料ではない。判断の材料の、いちばん外側にある一つの数字にすぎない。それでも、それしか外に出ていなかったから、そこから始まった。
私はこの10年、価値を説明しようとしてきた。丹下健三の設計であること、代々木と兄弟であること、我が国最初期の吊り屋根構造であること。それは間違っていなかったが、足りていなかった。県民が判断するのに必要なのは、価値の説明ではなく、判断の材料が公開されていることのほうだった。
だから、県内の読者に向けた問いはこうなる。次に県が同じ規模の判断をするとき、私たちは何を見れば、賛成か反対かを自分で決められるのか。
いまの制度では、見られるものがほとんどない。それは第3部と、この第4部で書いてきた通りである。
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展覧会までの10年を、外から見て私が前に立っていた期間だと書いた。いまは、その位置にはいない。再生委員会とも別の立場である。
10年やった人間には、失うものが増える。いまは、この件で前に出ることはない。それは私の側の事情である。この建物のことを考え続けてはいるが、それは一人の香川県民としてである。

バドミントン/PHOTO:Noriyuki Kawanishi
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価値の言語は届かなかった。第2部で書いた通りである。
数字の言語も一度出した。坪あたり94万円で始められる段階施工の計画と、30年で完済する事業スキームと、81枚の概算見積表と、用途ごとに探した運営の候補である。届かなかった。届かなかった理由の一部は、その提案が非公開を原則とする手続きの内側に入ってしまい、そこで判定され、記録が残らなかったことにある。
では、制度の言語なら届くのか。
田根氏の五項目に、私はいくつか足した。評価委員会の委嘱の範囲に隣の建物を入れること。市場調査の結果を処分の根拠に使うなら記録の作成と事後開示を義務づけること。募集期間を、組織が意思決定できる長さに置くこと。公共建築の処分の判断に会計上の耐用年数を使わないこと。
そして、判断の材料を、判断の前に外に出しておくこと。
どれも、新しい制度をつくるというより、いまある仕組みの運用を少し変える話だと思う。
だがそれが届くかどうかは、私には分からない。
分かっているのは、この12年で、価値の言語も、数字の言語も、制度の内側の正規の回路も、それぞれ試されたということだけである。試し方が下手だったか、足りなかったか、遅かったか。そういう話でもあるだろう。だが、そのすべてに共通しているのは、使うたびに、次に語れる範囲が少しずつ狭くなったということである。
そして、それでも私は次の回路を探している。
2021年のサウンディング型市場調査の提案に共に加わっていた内山博文氏から、当時を振り返る言葉が届いた。
内山氏は、事業として実現する前提に立ち、どうすれば前に進めるかを議論する体制がなければ、この種の難しい案件は動かない、と書いていた。そして、立場の違いを超えて、経済合理性だけでなく、建物の本質的な価値に置き換えて議論し、検討することができなければ、よいものはなくなっていく一方で、何も残らない国になってしまう、とも書いていた。最後は、この国の建築リテラシーがもっと上がり、国も、国民も、企業も、建築を国の財産として認識できるようになってほしい、と結んでいた。
長く第一線で、古い建物を事業として生かし、自治体と組んで公共施設の運営にも携わってきた人が本件を通じて感じたのは、数字の外にある価値を、どう議論の場に乗せるか、という問いだった。
第2部で書いた価値の言語と、第3部で書いた数字の言語は、別々に出されて、どちらも届かなかった。二つを同じ席で扱う場が要る。内山氏の言葉は、そういう意味に私には読めた。
そのうえで、私自身はこう考えている。建築を読み取る力が社会の側に育つことは、もちろん要る。同時に、建築の側も社会を知らなければならない。第2部で書いた、価値の言語を用途の言語に翻訳するというのは、そういうことである。どちらか一方だけでは、価値観の断絶は埋まらない。そして埋まらなければ、何も残らなくなる。
42人の文章を読んで、私が一つだけ確かに思ったのは、これが香川だけの話ではないということである。どの県にも、価値を語りうる人が一つの審査の席に集まる場面がある。どの県にも、非公開が原則の市場調査を判断の根拠にしてしまう瞬間がある。どの県にも、隣にいるほど語れなくなる人がいる。
次に同じ場所に立つ誰かが、自分がいまどこに立っているのかを測る材料として、この記録を使えるならそれでいい。そのあと何をするかは、その人が決めることである。私は答えは持っていない。持っていないまま、記録だけを置いていく。
了
2026年10月20日 河西範幸

アリーナ/PHOTO:Noriyuki Kawanishi
当事者でありながら、複雑な経緯を冷静な書きぶりに分析、評価されて感心しました。先日、藤村さんのFBを見て、そこから第4部まで読むことができました。それぞれの主体がタコつぼになり、将来への展望に蓋をして、目を伏せながら進めてきた現在に至った。リノベーションの流れが益々太くなる中での、貴重な文章であると思いました。