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ここから先は、私自身が内側にいた手続きの話になる。だから、線を引いておく。
2021年のサウンディング型市場調査、地方公共団体が所有する建物や土地の活用を検討するにあたって民間事業者と直接対話し、広く提案や意見を求める市場調査の手法だが、これに私は提案者の一人として参加した。
自分の提案が不開示になった側でもある。したがって以下には、公表資料から書ける部分と、私の手元の記録からしか書けない部分が混じる。混じったまま書くと、どこまでが検証可能なのかが読者に分からなくなる。そのつど分ける。
もう一つ。私は現在の訴訟の原告ではない。原告は旧香川県立体育館再生委員会である。私が作った団体とは別の団体である。
私が書けるのは、対立が表面化する前の10年間で、その多くは、この建物の行く末に関心を持つ人たちのあいだで議論が進んでいた時期にあたる。
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団体の名前がややこしいので、もう一度、先に整理しておく。三つ出てくる。
「香川県立体育館保存の会」2014年7月に私が立ち上げた任意団体である。
「一般社団法人 船の体育館再生の会」2018年10月に、上の会を改組したものである。ワールド・モニュメント財団、危機に瀕する文化遺産を選定して支援する国際的な民間団体だが、そのウォッチリストに登録されたことを機に法人格を取った。2023年2月に県の解体方針への声明を出したのは、この名義である。いまも続いている。
「旧香川県立体育館再生委員会」2025年に発足した別の団体で、いま訴訟の原告になっているのはここである。
一つ目と二つ目は同じ団体の改称、三つ目は別の団体である。ここを取り違えると、このあと書くことの意味が分からなくなる。
このうち、二つ目の法人化には、あとから別の意味が出た。
法人になったのは、国外の財団がこの建物に関心を示したことがきっかけである。国内の制度の側から、法人になれと言われたわけではない。当時の私も、これで何かの手続きに参加できるようになる、とは考えていなかった。
2021年のサウンディング型市場調査の参加要件は、保存・活用事業の実施主体となる意向がある法人及び法人グループ並びに任意団体、である。任意団体でも参加はできる。ただ、私たちの提案は、SPC、特別目的会社を設立して改修と運営を一貫して担う形を前提にしていた。SPCの設立や契約の当事者になることを考えれば、任意団体のままでは同じ形の提案は組みにくい。
三年前に別の理由で取っていた法人格が、このとき、提案を組み立てるうえで効いたことになる。もし2018年に法人化していなければ、2021年の提案は、同じ形で出しても弱いものになっていた。。
第1部の最後に書いた通りである。隣に立つには資格が要る。そして私の場合、その資格はたまたま先に整っていた。狙って準備したわけではない。
3
手続きの事実から始める。ここは県の実施要領に書いてある。
提案参加の申込期間は2021年7月27日から9月30日まで。
提案書の提出は8月2日から10月21日まで。
面談は8月9日から10月29日まで、1事業者につき1時間程度、参加は1グループ5名以内。
調査結果の公表は同年12月の予定とされていた。
参加できるのは、保存・活用事業の実施主体となる意向がある法人、法人グループ、任意団体である。
利用用途は自由に設定してよい。例としてアートミュージアム、観光宿泊施設、工芸品ショップ、企業のヘッドオフィスが挙げられている。土地・建物の権利関係は、売却、譲渡、賃貸借、使用貸借など柔軟に対応するとされている。
そして条件がある。施設の改修、運営にかかる費用は、原則として事業者の負担である。
求められた提案の内容は二つ。一つは施設の利活用の可能性。もう一つは、利活用にふさわしい具体的な耐震補強・改修の考え方である。
ここには、平成25年度耐震改修設計の改善点と代替案の提示を含む、と明記されている。造形性・空間・構造的特性を踏まえた改修案、安全確保のための構法と経費の提示も求められている。共通項目として、事業主体、投資資金回収の方法、県に期待する支援・条件整備。
以上が、県が求めたものである。
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では、県が渡したものは何か。
一枚物の折り畳み印刷物である。物としてはリーフレットと呼ぶのが正確だが、県は一貫してパンフレットと呼んでいる。ここでは県の呼称に従う。

その中身は、第2部で書いた通りである。代々木競技場と同時並行で設計が進められた双子の建築という位置づけ。
戦後モダニズム建築の聖地「Kagawa」、という見出しのもとに並べられた県内の名建築。猪熊弦一郎、剣持勇、流政之、イサム・ノグチ、ジョージ・ナカシマ。地中美術館、豊島美術館、瀬戸内国際芸術祭。そして高松の観光的な紹介。英語版も作られた。

美しい印刷物である。この建物の価値を正確に理解した人が作っている。第2部で書いたように、県が文化を分かっていなかったという批判は、この一冊で否定される。
ただし、事業の判断に必要な数字が一つも載っていない。
近隣商圏の経済データがない。宿泊単価がない。テナント賃料の相場がない。想定稼働率がない。周辺の来街者数もない。十数億円規模の自己負担で用途変更をするかどうかを判断する事業者が、最初に見る数字が、一つも入っていない。
県が求めたのは、投資判断と技術提案だった。県が渡したのは、文化的価値の説明だった。
噛み合っていない。
ここが、この件でもっとも書きにくい部分である。書きにくいのは、誰も悪くないからである。県は嘘をついていないし、手を抜いてもいない。むしろ丁寧に作られている。パンフレットという呼び名と中身は、完全に一致している。この建物の価値を知ってもらうための冊子として作れば、あれ以上のものにはならない。
食い違っているのは、募集の目的とだけである。作るものの種類を取り違えている。そしてその取り違えは、価値を伝えたいという善意から出ている。
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そこに日付が乗る。
このサウンディング型市場調査は、突然始まった印象があった。2014年からこの建物を追いかけてきた私にとっても、そうだった。
実施要領は、申込の受付が始まった2021年7月27日から県のホームページに掲載された。申込の締切は9月30日、提案書の提出締切は10月21日である。申込期間は2か月余り、提案書の締切までは3か月に満たない。
そして、建物の価値を伝えるパンフレットが公になったのは、募集が始まって5週間あまりが過ぎた9月3日である。県はサウンディング型市場調査のページをすでに削除しており、公のデータは残っていない。当時、船の体育館再生の会のFacebookページに、この調査の情報を広めるための記事を随時投稿しており、その日付から追った。事後の回想ではなく同時期の記録だが、県の一次資料ではない。ここは私の記録である、と断っておく。
建物の価値を伝える資料は、本来なら募集の前に配られ、事業者がこの建物に関心を持つきっかけになるものだろう。それが、申込期間の6割近くが過ぎてから届いた。順序が逆になっている。検討を始めるための資料が、申込みの検討に使える時間の半分以上が過ぎてから出てきたことになる。
ここで、建築の話をいったん離れる。
参加を申し込むというのは、この事業に手を挙げると会社として決めることである。担当者の一存では出せない。
十数億円の投資に手を挙げる会社なら、案件を知り、現地を見て、事業性を検討し、概算を取り、稟議(りんぎ)を上げ、決裁を得る必要がある。オーナー企業でもない限り、これを2か月余りで終えるのは容易ではない。
そして、ここには順序の矛盾がある。決裁するには、何にいくらかかるかの見当が要る。その見当を立てるための設計図書は、申込をしたあとでなければ貸与されない。図面を見るには申し込まなければならず、申し込むには決裁が要り、決裁にはその図面から立てた見当が要る。
この輪を2か月余りで回せる組織は限られる。
つまり県のもとに集まりやすかったのは、組織的な意思決定を経た提案ではなく、個人か、ごく小さな組織か、あるいは資金が潤沢で決裁の早いオーナー企業が出せる範囲の提案だったことになる。
そして県は、その提案を見て、民間事業者が県の財政支援などを受けることなく単独で持続的な運営を行うことは難しいと認識した、と述べた。
組織的な検討ができない期間を設定して、組織的な裏づけがないことを理由に退けた、という筋になる。手を挙げられる者が限られていたことと、民間による活用の可能性がなかったことは、同じではない。
この段落は、金額の妥当性にも建築の価値にも踏み込んでいない。手続きの整合だけの話である。
なお、実施要領の第8項第3号には、追加対話への協力という項目がある。サウンディング終了後も、必要に応じて追加の対話や文書照会、アンケート等を実施する場合があるので協力をお願いする、という趣旨である。期間の後に詰める余地は、制度としては用意されていた。しかしながら、私の知る範囲で実行された記録はない。
6
私たちが出した提案の中身を書いておく。
短い期間が何を規定したかを示すには、中身を出すしかない。
提案書は16枚。ほかに改修の図面集と、81枚におよぶ概算見積表を添えた。表題は「船の体育館 再生計画」である。2023年に県が解体方針を決めたあと、私はこれをこのサイトで公開した。BUNGA NETがそれを記事にしている。だからここに書くことは、すでに公になっている。
用途はエクストリームスポーツパークとした。スケートボードとスポーツクライミングができる施設である。
そして、既存の吊り屋根を撤去し、アリーナを屋外空間とする案である。
念のためもう一度書く。
保存を求めていた側が、屋根を外す提案を出した。

外したうえで、新設のケーブルを既存と同じように田の字に張る。外観も内観も、県民の記憶に残っているあの印象を継承したまま、屋外の施設として使う。縁梁(ふちばり)、屋根の外周をぐるりと囲む太く背の高い梁だが、そこには約10メートルピッチで幅300ミリの壁柱を取り付け、庇(ひさし)状の屋根でつないで、縁梁の補強とバランス取りを行う。

1階はエントランスホールを利用したカフェ、レストラン、ショップ、ギャラリー。ギャラリーには丹下健三コーナーを置く。剣持勇のオリジナル家具を活用する。

2階は器具庫をリノベーションしたスポーツジム、トレーニングルーム、キッズルーム、託児所、医務室、レンタル事業の倉庫。

屋上、つまり旧アリーナがスケートボードパークで、両側面がクライミングウォール。売店を4か所、観客席は各384席。
エレベーターを2台新設する。9人乗りで、既存躯体(くたい)を極力壊さない大きさである。既存のリフトは流用する。
外壁は20年ほど前の塗装で茶褐色になっているので、打ち放し調に補修し、中性化を抑制する工事も行う。

敷地の東南部は芝生広場と庭園として整備する。
これは初めて公にするが、私たちの提案には、一般社団法人リノベーション協議会の会長で、不動産再生のコンサルティング会社であるu.company株式会社の代表、内山博文氏が参画していた。
内山氏は、リノベーションという言葉がまだ一般に知られていなかった2000年代に、古い社宅や賃貸マンション、ビルを一棟ごと買い取って改修し、住まいやホテルとして再び使えるようにする事業を、株式会社リビタの代表として立ち上げた人である。2009年には業界団体を発起人として設立し、のちに会長として、リノベーションの品質基準づくりと普及を牽引してきた。2021年からは、つくば市と地元企業が出資するまちづくり会社の代表として、公共空間や公共施設の運営にも携わっている。
サウンディング型市場調査は、行政と民間が対話するための仕組みである。その仕組みのなかで、行政の側の事情も、民間が事業として成り立たせるための条件も分かったうえで、両者をつなぐことのできる人は多くない。私は当時、その役を担う人として、内山氏が実績から適任であると思っていた。
そして私たちは、用途を描いただけではなかった。県が話に乗ってくれれば運営したいという母体やテナントを、用途ごとに実際に探し、交渉も行っていた。そのことはプレゼンテーションの場で県にも伝えている。
スケートボードパークについては、スポーツ施設の運営も手がける全国展開のスポーツ用品販売会社に、スポーツジムについては、社員の福利厚生施設としてジムを検討していた地元企業に、それぞれ活用の可能性を検討してもらい、関心を示してもらっていた。
どちらも、運営を決めていたわけではない。候補として話をしていた段階である。社名はここには書かない。それでも、こういう会社があるはずだと想像して描いた案ではなく、相手のいる話として用途を組み立てていた、ということは書いておきたい。
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金額を書く。その前に、以前の私の説明を一つ直しておく。
私はこれまで、分かりやすくフルスペックで改修すると20億円になる、という言い方をしたこともあった。この説明だけでは不正確である。段階施工が前提であり、金額は三期に分かれている。
プランAは、県が解体工事に予定していた予算を改修費に充てる案である。
1期工事が13.4億円。内訳は屋根撤去3.0億円、耐震化4.7億円、パーク化0.8億円、設備1.7億円、共通費2.0億円、消費税1.2億円。2期工事が外壁改修の1.5億円。3期工事以降が6.7億円で、エレベーター0.5億円、屋根ケーブル0.8億円、クライミング0.5億円、設備入れ替え3.3億円、共通費1.0億円、消費税0.6億円。合計21.6億円である。想定した解体工事費は7億円で、屋根2.0億円、躯体3.0億円、基礎・杭2.0億円としていた。解体費については、3か月足らずという限られた時間で提案書を作らねばならず、現場監督をしていた経験からの概算である。1期工事の13.4億円とこの解体費7億円との差額、6.4億円は、後で書くSPCが投資家から集める資金で賄う計画だった。
プランBは、耐震費と営業が始められる最低限の改修費を県から借り受けて、賃貸収益で完済する案である。その額が1期工事の13.4億円で、30年で割ると年0.45億円。賃貸収益は年0.7億円を見込み、差額の0.25億円を施設運営費と積立に充てる。次期工事の費用が工面できるまで積み上がった段階で、段階的に工事を行う計画である。
坪単価に直す。延床1424坪で計算すると、1期の13.4億円が坪あたり約94万円、三期合計の21.6億円が坪あたり約152万円になる。第2部で書いた通り、県自身の改修費試算は税込18億210万8000円で坪あたり約127万円、解体の契約額は8億4700万円で坪あたり約60万円である。
つまり、事業を始めるための初期投資は坪94万円だった。県の改修試算より安く、解体費の1.6倍である。
1坪あたり約94万円。これは、当時の公共建築の改修工事費として見れば、特別に高い数字ではない。
賃貸収益の内訳も書いておく。年6888万円、30年の累計で20億6640万円である。カフェが月30万円、レストランが月40万円、販売が月40万円、スポーツジムが月40万円、レンタルが月20万円、イベント部門が月120万円、売店が4店舗で月24万円、自販機6台で月10万円。そしてネーミングライツが年3000万円。県民ホールを参考に同額の年3000万円に設定した。

賃料の坪単価は、四国のショッピングモールの平均を下回る水準に設定した。徳島8059円、愛媛7690円、高知12944円という数字を並べて、それより低く置いている。香川はデータがなかった。
弱点も書いておく。ネーミングライツの年3000万円が収益の4割強を占めている。ここがもっとも検証されやすい部分である。当時からそう思っていたし、いまもそう思う。

事業スキームはSPC、特別目的会社を設立して改修と運営を一貫して行う形とした。投資信託と不動産業をSPC内に置き、投資家から資金を集める。そして、ふるさと納税の返礼品を組み込んだ。寄付者の名前を金属板にレーザーカットして建物に取り付ける。不要になるアリーナのフローリングや打ち放しコンクリートの一部。剣持勇デザインで天童木工製作の置き家具、桜製作所製の作り付け家具、コトブキ製作のFRP製観客席、これは設計上400席ほど不要になる。丹下事務所デザインの建具、アリーナと観客席を隔てていた約140メートルの木製の手すり、手書きレタリングの室名札、50年間使われていた立て看板。県民が、船の体育館に触れた記憶がある物をひとつでも多く、還元し残したかった。

返礼品アイデア
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なぜ屋根を外したのか。
技術的な裏づけが取れなかったからである。
三度の入札不調のあと、私は当初、既存の屋根を補強する形で改修できないかを、建築構造の専門家に協力してもらって検討していた。ただ、屋根には不確定な要素が多い。そこで並行して、既存の屋根をいったん取り外して工事ができるのかどうかも検討した。こちらについて得られた見解は、屋根がなくても直ちに建物が崩壊することはなく、屋根なしの状態で改修工事が行えそうだ、というものだった。ただし実現性についてはモデル化と構造解析が必要である、という条件つきである。提案書にもそう書いた。
つまり、私が2021年に裏づけを持って言えたのは、そこまでだった。屋根を残したまま成立する案を書くだけの根拠を、私は持っていなかった。裏づけのない主張はしない。それが屋根を外した理由である。諦めたのではない。
2025年に再生委員会が示した案は、屋根を残している。おそらく構造の専門家の協力を得て技術的な裏づけが取れたのだろう、というのが私の推察である。直接聞いた話ではないので、推察と明示しておく。
その間に4年が経っている。
DOCOMOMO Japan、モダン・ムーブメントに関わる建物と環境形成の記録調査および保存のための組織の日本支部だが、その2025年8月25日の要望書は、具体的な再生提案までには2年から5年を要すると考えている、という趣旨を書いている。
実際にかかった4年は、その範囲にきれいに収まっている。
ここに、3か月という数字の意味が出る。
県が用意した窓は3か月だった。屋根を残した再生案が、実際に公に示されるまでには4年かかった。この窓に出せるのは、その時点で裏づけの取れている範囲までである。だから2021年には、屋根を外す案になった。
誤解のないように書いておくと、県はこの案を技術的に評価して落としたのではない。県が示した理由は財政面である。民間事業者が県の財政支援などを受けることなく単独で持続的な運営を行うことは難しいと認識した、というものだった。屋根の扱いも、改修の方法も、退けた理由としては挙げられていない。
つまり、3か月という期間が決めたのは、提案が通るかどうかではない。県のもとに集まる提案の幅のほうである。
同じ建物について、同じ側から、屋根を残す案が実際に出てきたのは4年後だった。窓に入るのは、そのときすでに手元にある裏づけだけである。窓の外で育ちつつあるものは、間に合わない。県が2021年に見ることのできた選択肢は、その分だけ狭かった。
そして、その狭い選択肢を見たうえで、県は、民間が単独で持続的に運営することは難しいと認識した。判断の材料の幅を期間が決め、その材料をもとに判断が下された、という順序になる。
案が悪かったのでも、提案者の力が足りなかったのでもない。この期間で集められるものには限りがある、というだけの話である。ここは、私が当事者だから書けることであり、当事者でなければ気づきようのないことでもある。
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3か月足らずで、なぜあれだけの資料を作れたのか。
それは能力の話ではない。
県が渡したのは、申込のあとに貸与される平成25年度の設計図書のデータ、建物の概要、位置図、建築的特徴の記述である。設計図書は目的外使用を禁じられ、使用後は返却する条件がついている。
そこから改修案と図面集と81枚の概算見積表を、提案書の締切までに作るのは、通常は不可能である。私にできたのは、条件が三つそろっていたからだ。
一つ目は、2014年からの7年分の蓄積である。事前に情報公開請求で手に入れていた図面を読み込み、現地を歩き、何が問題で何が問題でないかを繰り返し確かめてきた時間が、そのまま資料になった。
二つ目は、点群データである。
2016年4月22日、この建物の三次元スキャンを行った。日本建築学会と合同で原爆ドームや厳島神社の三次元計測をした実績のある会社に協力してもらっている。この建物は三次元の曲面でできていて、通常の図面からは形が把握しきれない。まず形を測り形状を知る必要があった。

三次元スキャンの様子/PHOTO:Noriyuki Kawanishi
このとき、アリーナの内部はスキャンできていない。建物を管理する香川県教育委員会保健体育課の許可が下りなかったからである。理由は安全面の懸念だった。こちらの調査員は一級建築士などの資格を持っており、スキャンをすれば天井面の落下の危険がある位置の特定を含めて、建物がどれほど傷んでいるかがデータから分かるかもしれなかった。だから許可がほしかった。事故が起きても香川県には一切の責任がないとする誓約書も用意したが、それでも許可は下りなかった。
安全を理由に、安全性が確かめられたかもしれない調査が断られた、という形になる。
そして2026年のいま、県は裁判所の要請を受けて現地の証拠保全を受け入れ、記録保存事業では三次元測量を行うとしている。同じ建物の、同じ種類の調査である。十年の差がある。
三つ目は、道具である。
三次元スキャンで得られる点群は現状の記録であって、それだけでは検討ができない。点群から設計の検討ができるデータに変換するには、それができるソフトが要る。それがどれなのかが、私には長いあいだ分からなかった。答えがRhinoceros(ライノセラス)だと分かったのは、2019年の末である。アトリエ系の設計事務所でも使い始める人が出てきたのを見て、これなら扱えると確信し、この案件を作りながら覚えた。

Rhinoceros作業画面
つまり、2016年に測ったデータを、私は4年間使えていない。道具がどれか分からなかったからである。地方の個人事務所が前例のない対象に取り組むとき、何が要るかは自分で探すしかない。教えてくれる相手も、参照できる事例もない。
この建物を立体として把握し、立体として再生を検討できるようになったのは、2020年の初めからである。それ以前は、二次元の検討しかできなかった。
そして四つ目を加えるなら、構造家の監修である。私はサウンディング型市場調査とは関係なく、ずいぶん前から構造家に監修を依頼して検討を続けていた。屋根を外した状態についての見解も、そこから出ている。

構造検討の概要一例
言い換えると、この募集に応じられたのは、すでにこの建物を長く調べていた者だけである。県の資料だけを見て参加を検討した事業者は、期間内に事業計画まで到達できない。
9事業者から10提案が出て、事業計画書が付いていたのは2件だった。手元に蓄積を持っていた者が二者いた、ということかもしれない。これは推測である。
いずれにせよ、この募集の設計そのものが、事実上の参加資格を作っていたことになる。公募でありながら、応じられるのは事前に準備していた者だけだった。
県が意図したことではない。3か月という期間と、渡された資料の内容が、結果としてそう機能した。
そして、私にとっては最良に近い条件だったのかもしれない。7年分の蓄積があり、点群があり、それを扱える道具を覚えたところで、構造家の監修が続いていて、内山氏と組めていて、用途ごとの運営の候補とも話ができていた。それでも成立しなかった。だから期間と資料の話が意味を持つ。準備が足りなかったから通らなかった、という説明は、この件については成り立たない。
同じ光を、県の側にも当てておく。
2013年度の耐震改修設計は、いま書いた道具が一般に使われるようになる前のものである。県が記録した入札不調の理由、吊り屋根の劣化した部分が目視以外では不明確でリスク管理のための工事費が割高になる、屋根の下地状況が不明で下地処理が難しい、というのは、形状と現状を把握しきれないことの帰結でもある。
私が2016年に点群を取ろうとしたのは、まさにそこに答えを出すためでもあった。そして私自身、そのデータを使えるようになるまで4年かかった。
誰の能力の問題でもない。その時点で使えた道具の問題だった、というところまでは書けると思う。
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県の総括を見ておく。二つある。
一つ目は、調査結果の公表である。実施要領では2021年12月の予定とされていたが、公表は翌2022年1月17日になった。この日の報道によれば、県教育委員会は、2021年8月から10月までに9つの事業者から10の提案があったこと、利活用の方法としてスケートボードパークや演劇・アートといった文化の拠点施設などさまざまな用途が提案されたことを示している。
そして総括はこうである。県教育委員会は施設の改修や運営の費用について原則として事業者の負担を求めているが、全ての提案が、県の財政負担を想定しているか、資金回収計画の具体的な記載がないものだった、と。
同じ日、教育長は、なかなか厳しい調査結果だというのが率直な感想である、これも踏まえて建物をどうするかについて検討を深めていければ、と述べている。そして県教育委員会は、新しい県立体育館が完成する2024年度までに、保存活用するか解体するかの結論を出したいとしていた。
まず日付を一つ置いておく。2022年1月の時点で示されていた期限は2024年度である。実際に解体の方針が決まったのは2023年2月だった。1年以上早い。
そして、総括の立て方を見てほしい。提案は二つに分けられている。県の財政負担を想定しているものと、資金回収計画の具体的な記載がないものである。全ての提案がこのどちらかだった、というのが県の説明である。
私たちの提案は、この二分法にそのまま収まるものではない。
プランAは、県が解体に支出する予定だった予算を改修に充て、1期工事との差額をSPCが投資家から集める案である。県の支出の総額は、解体した場合と変わらない。
プランBは13.4億円を借り受けて30年で完済する案で、賃貸収益の内訳を年6888万円まで積み、81枚の概算見積表を添えている。資金回収計画がないのではなく、資金回収計画そのものが提案の中身だった。
もちろん、解体の予算を改修に回すことも、県から見れば財政負担だと言うことはできる。返済される貸付も、財政支援の一つではある。だから問うべきなのは、県の言う財政負担が、予算の付け替えや返済される貸付まで含むのか、それとも新たな負担だけを指すのか、ということである。
県の総括は、その区別を示していない。全ての提案が、という言い方に含まれ、個別にどう評価されたのかも示されていない。
この公表のあとの2022年のことも、書いておく。
提案は、対話のないまま一方的に退けられた形になった。私はそれでも県と向き合うつもりでいたが、提案のために組んだチームは解散した。
責める気持ちはない。当時はコロナ禍のさなかで、いつ落ち着くのかさえ見通せず、企業の投資判断そのものが大きく制約されていた時期でもあった。県との対話の見込みもないまま、先の見えない案件に人と資金を留めておく理由は、組んでいた事業者の側にはない。仕方がなかったと思う。
それでも、この2022年に、私はもっと動けたのではないか。いまもその後悔はある。JIA四国支部香川地域会、東海大学 田中正史研究室と組んで展覧会を2度開催したが、周知活動だけでなく、サウンディング時のチームがなくなっても、県に対話を求め、新たに事業の母体となる協力者を見つける動きを続けることはできたかもしれない。1年後に解体の方針が決まったことを思うと、事業として前に進める側が止まったまま一年が過ぎたことは、ほかの誰の事情でもなく、私の側に残っている。

せとうちの瀬戸際けんちく船の体育館展/PHOTO:Noriyuki Kawanishi
県の総括に話を戻す。二つ目は、調査結果の公表から1年後の説明である。2023年2月9日付の県民の声への回答で、県はこう述べている。サウンディング型市場調査では、旧県立体育館が丹下健三の設計によるもので、我が国最初期の吊り屋根構造の建築であること、吊り屋根構造と一体化したダイナミックなアリーナ空間、巨大な縁梁とそれを支える大柱から構成される彫刻的なコンクリートの造形といった建築的な特徴を説明したうえで、英語版のパンフレットも作成して、民間事業者から利活用の方法などについて広く提案を求めた。この調査では民間事業者ならではのさまざまな提案があった一方、資金の面では、民間事業者が県の財政支援などを受けることなく単独で持続的な運営を行うことは難しいと認識した、と。
ここでも同じ区別が示されていない。財政支援などを受けることなく、という条件に予算の付け替えまで含めるなら、プランAもプランBも当たる。新たな支出だけを指すなら、県の支出の総額を増やさないプランAは当たらない。どちらの意味だったのかは分からないまま、二つの案は同じ一文で退けられた。
この指摘は私の思いつきではない。BUNGA NETの宮沢洋氏が2023年2月の記事で同じことを書いている。解体工事費は県が出す予定なのに、その分を改修費に充てて事業を始めるのはなぜだめなのか。事業性が甘いというなら理由を具体的に回答すべきではないか。こういう提案は県のサイトで公表すべきではないか、と。
同じ記事で氏は、前年に書いた記事では県のサウンディングをアリバイ的なもので活用は現実的に無理だろうと半ば諦めて書いた、今回の案を見て活用策の面白さとスキームのリアリティに驚いた、勝手に無理だろうと思ってしまった反省を込めて掲載する、とも書いている。屋根を取ってケーブルだけにすることで空間の三次元性がより強調されて見える、という評価も書いている。
第三者の反応として、これは記録に残しておく価値があると思っている。提案は、見た人には伝わった。評価する回路がなかっただけである。
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私は長いあいだ自分の提案の内容について、これでも足りなかったのだ、と思ってきた。
いまはそう思っていない。
県の総括は、全ての提案が県の財政負担を想定しているか資金回収計画の具体的な記載がないものだった、というものであり、1年後の回答は、財政支援を受けずに単独で持続的な運営を行うことは難しいと認識した、というものである。どちらも、どこまで用意すれば十分だったのかを示していない。何を出せば通ったのかが分からないまま、出したものが通らなかった。
何を満たせば十分だったのか、外部から確認できる基準が示されていなかった。
そして基準が示されていないことは、第1部に書いた記録の不在と一つのことである。判定の基準が文書になっていなければ、その基準に照らして判断した記録も残らない。
いまでも、あの提案には現実性がなかった、と言われることがある。だが先に問うべきなのは、県の判断が正しかったかどうかではなく、提案が事業として成り立つかどうかを、どこまで確かめたのか、のほうだと私は思っている。
提案を評価することと、民間による活用の可能性を対話によって確かめることは、同じではない。私たちの側から見えている範囲では、プレゼンテーションのあと、県からの追加の問い合わせも面談もなかった。第5節で書いた通り、実施要領には追加の対話の項目があったが、私の知る範囲で使われた記録はない。県が評価をしたこと自体は否定できない。だが、その評価がどう行われたのかを外から確かめる方法がないことは、このあと書く。
もう一つ、県の説明には前提が含まれている。民間事業者が「単独」で持続的な運営を行うことは難しい、という一文は、一社が建物の取得から改修、資金の調達、運営までを全部背負う形を前提にしているように読める。
その形だけを考えれば、ハードルが高いのは当然である。だが、規模の大きな既存建築の再生は、実際にはそういう形で組まれないことが多い。全体の事業の枠組みを組み立てる主体がいて、そこに用途ごとの運営者が入り、行政が関わり、場合によっては金融や不動産の主体が加わる。私たちの提案も、不動産再生の専門家が全体を組み、用途ごとに運営の候補を探す形だった。
2025年に再生委員会が示した案も、一社の計画ではない。香川県高松市発祥で、展示・商業空間の大手企業である乃村工藝社、既存建築を再生するリファイニング建築で知られる青木茂建築工房の青木茂氏、宿泊施設の企画・運営を担う会社Stapleなどが、それぞれの役割で名を連ねている。
一社では運営できない、ということと、民間による活用ができない、ということのあいだには、一段の飛躍がある。
2021年に本当に探す必要があったのは、建物全体を一社で引き受ける会社ではなく、民間と公共の組み合わせでこの建物を再生するなら、どういう枠組みが成り立つのかを一緒に組み立てられる相手だったのではないか。そして、それを探るための手続きが、本来のサウンディング型市場調査のはずである。国土交通省の『地方公共団体のサウンディング型市場調査の手引き』も、この調査の目的として、市場性や実現可能性の把握、民間事業者が参入しやすい公募条件の把握などを挙げている。
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海外からの建築家視察団の案内/PHOTO:Noriyuki Kawanishi
この時期に外側でやっていたことも書いておく。当事者の記録として残しておかないと、後から誰にも辿れなくなる。
ワールド・モニュメント財団、危機に瀕する文化遺産を選定して支援する国際的な民間団体だが、そのウォッチリストへの推薦は、私たちが独自に行ったものである。選定後も県は関与しないという対応だった。2018年のリストに掲載され、第2部で書いたように、2021年にDOCOMOMOの国際本部が署名を呼びかけた際にもそのことが引かれている。国際的な関心の経路の少なくとも一つは、県ではなく、こちら側が作った。
海外の大学も、この建物を見に来ている。マサチューセッツ工科大学とチューリッヒ工科大学である。どちらも報道はない。県がメディアに伝えた形跡もなく、その後、県と接続された形跡も見えない。
ハーバード大学の研究者も来県している。こちらは報じられた。ただし報じられたのは、香川県庁舎を視察したことと、知事と意見交換をしたことである。旧香川県立体育館に足を運んだことには触れられていない。
海外の研究者がこの建物を見に来ていたという事実そのものは、県内ではほとんど表に出ていない。
私たちが作った海外との関係は、ウォッチリストへの推薦と、2校の視察までである。国際的な関心の経路のうち、いくつかは県ではなくこちら側が作ったのだと思う。
ただし、その先で何がどう繋がって、どの声になったのかまでは、私には辿れない。経路は一本ではないし、私の知らないところで動いていたものもある。だから、いま出ている国際的な声を自分たちの成果として並べることはしない。
書いておきたいのは、それでも判断は動かなかったということである。国際的な組織の関心も、海外の大学の視察も、危機遺産リストへの掲載も、県の判断の枠のなかには入らなかった。
第2部で書いた通り、価値の言語は、用途の言語に翻訳されないかぎり作動しない。翻訳したものとして出したのが、サウンディング型市場調査のときに提案した「船の体育館 再生計画」だった。
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私たちは、意見を聞いてもらう場だと理解して出した。しかし県の内部では、実はそういう位置づけではなかった。
これは見立てではない。県自身の文書に書いてある。
第1部で書いたある記者が行った、情報公開請求で開示された文書のなかに、2021年10月18日付、保健体育課作成の「旧県立体育館のサウンディング調査(アドバイザー)」がある。その主旨として、サウンディング調査の提案を受け、「事業者選定段階」に進める可能性をもった提案があるかどうかを、見極める際のアドバイスを専門家から受けるもの、と明記されている。
見極める、である。
日付は10月18日。提案書の提出締切の3日前にあたる。
参加者に示されていた建て付けは、そうではない。実施要領の表題は市場調査であり、参加実績は今後の事業者公募における評価の対象とはならない、とも書かれている。意見を聞く場だと読むのが自然である。
同じ手続きが、外に向けては意見聴取として示され、内では次の段階に進める可能性があるかどうかの見極めとして扱われていた。
私は以前、サウンディング型市場調査に失格した、という言葉で表現したことがあるが、それは言い過ぎである。失格という語は文書にない。取り消しておく。
だが、意味としては「関門」である。市場調査でありながら、次の段階へ進めるかどうかの判定として運用されていたことが、県自身の文書に書かれている。
サウンディングと事業者の選定は、本来は別の手続きである。サウンディングは、この事業が民間から見て成り立つか、成り立たせるにはどんな条件が要るかを、対話によって探るものである。行政の側の条件そのものが変わりうるし、提案者に優劣をつけることは目的ではない。公募型プロポーザルのような事業者の選定は、条件を定めたうえで、誰がどう実現するかを競わせて選ぶものである。
この件では、市場調査として募った提案が、選定に近い使われ方をしていた。選定として扱うのであれば、誰が、どの専門性で、どの基準で評価したのかを示すことが、市場調査のとき以上に求められる。その記録がどうなっていたかを、次に書く。
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そして、その判定の中心にある面談の記録が、存在しない。
2023年、前節の記者がこの件の行政文書の公開を請求した。請求内容は、令和3年度に行ったサウンディング型市場調査の提案内容、提案者との面談の記録、調査結果についての庁内での検討過程が分かる文書、そして解体の方針を決定するに至るまでの庁内での協議内容が分かる文書である。
県教育委員会は16件を特定し、7件を公開、5件を一部公開、4件を非公開とした。
非公開とされた4件のうち、2番目が「提案者との面談の記録」である。ここだけ理由が違う。非公開ではなく「不存在」である。県では請求に係る行政文書を作成および取得しておらず、当該文書が存在しないため、と書かれている。
1事業者につき1時間程度、複数の提案者と行われた面談の記録が、作られていない。私たちの提出書類の構成メンバーの欄には、社名だけを書き、個人名までは書いていない。誰がどの役割で加わっているのかは、内山氏の参画を含めて、面談の場で口頭で説明した。交渉中だった運営の候補のことも同じである。そのどれもが、県の記録としては残っていないことになる。
同じ弁明書のなかで、県はこう述べている。この調査を経て、その後、結果として解体の方針を固めることとなった、と。
二つを並べる。解体方針に至る過程にサウンディングがあり、そのサウンディングの中心であるはずの面談には記録がない。
これは推測ではない。県の公式文書から直接出る。
もう一つ、時間の側から見ておく。サウンディング型市場調査が行われたのは2021年で、解体の方針が決まったのは2023年2月である。そのあいだの2022年9月に、知事が交代している。調査を始めた県の長と、方針を決めた県の長は、別の人である。
替わるのは知事だけではない。役所の担当者は、数年ごとの異動で入れ替わっていく。この建物に関わってきた役人たちも、閉館からの12年のあいだに、ほとんどが入れ替わっている。
人が替わったとき、次の人に引き継がれるのは記録である。面談で口頭で伝えたことは、記録がなければ、その場にいた人の記憶にしか残らない。方針を決める際に、サウンディング型市場調査で何が示され、どこまで届いていたのか、私には分からない。分かるのは、面談の内容については、届けるための記録が作られていなかった、ということだけである。
では、公開された資料には何があったのか。
全面公開7件の内訳は、サウンディング型市場調査結果の概要、サウンディング型市場調査連絡会の第2回、県有財産の利用希望について、そして知事記者会見録が4本である。一部公開とされた5件のうち3件も、教育長記者会見録だった。
情報公開請求されたのは、庁内での検討過程が分かる文書と、解体の方針を決定するに至るまでの庁内での協議内容が分かる文書である。それに対して特定された16件のうち、全面公開の7件のうち4件と、一部公開の5件のうち3件、計7件が記者会見録だった。公開または一部公開された12件のうち7件、6割近くが記者会見録である。。
庁内でどう議論したかを示す文書として県が出せたものの多くが、記者に向かって話した内容の記録だった、ということになる。
会議録を作る義務が課されていない打ち合わせは、どの役所にも大量にある。作らないことが違法なのでもない。だが、後戻りのできない処分の判断について、外部から検証できる材料が記者会見録であるというのは、制度として明らかに薄い。
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アドバイザーの意見書も開示されている。ほぼ全面が黒塗りである。
残っているのは構成だけである。
1、○○の改修案について
1・1、評価する点(以下黒塗り)
1・2、課題点・確認点(以下黒塗り)
2、○○耐震改修の提案について
2・1、○○に対して
2・1・1、評価する点(以下黒塗り)
2・1・2、課題・確認点(以下黒塗り)
以下同様である。○○の部分はすべて黒塗りで、提案者の名も、案の名も分からない。評価も課題も確認も項目だけで、内容はすべて黒塗りである。
外部の専門家が、二つの案について、評価する点を書いた文書が存在する。しかし、その中身は見られない。
10案のうち事業計画書があったのは2案だから、この意見書はその2案についてのものである。私の提案もそこに含まれる。自分の提案について外部の専門家が何を評価したのか、私は知らない。
もう一つ、令和3年11月30日、16時から16時30分までの30分間の訪問記録がある。県側の対応者は次長と担当者の2名。内容は、事業者からの提案に関連して、事業実施の場合の償還期間、土地・建物の客観的な評価、そして今後、利活用に関する公募を行う場合の留意点など、専門的な知見を聴取した、とある。項目は三つ。いずれも中身は黒塗りである。
日付に意味がある。2021年11月30日の時点で、県は今後の公募について留意点を聴いていた。まだ公募の可能性が検討されていた。解体方針の決定は、その1年3か月後である。
同じことは実施要領にも書いてある。参加実績は、今後、予定している事業者公募等における評価の対象とはならない、という一文である。今後の事業者公募が予定されていることを前提にした書き方である。2021年7月の時点で、県はその先の段階を想定していた。
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不開示の判断そのものを、私は批判しない。
批判しても筋が通らないからである。サウンディング型市場調査は、参加事業者のアイディアとノウハウを保護するために、個別に非公開で行うことを原則とする手続きである。実施要領にそう書いてある。結果の公表は概要にとどめ、公表にあたっては事前に参加事業者へ内容の確認を行う、とも書いてある。
条例第7条の各号に照らした判断であり、実施要領の建て付けとも整合している。
なお、私は長らく、提案の中身を口外してはならないと縛られていると理解していた。これは読み違いだった。
実施要領にあるのは、県が渡した平成25年5月作成の設計図書のデータについて、当該事業以外の目的外使用を禁止し、使用後は速やかに返却するという条項だけである。提案そのものの著作や口外を縛る規定はない。参加事業者の名称を公表しないというのは、県が公表する側の手続きである。
だから2023年に、私は自分の提案を公開できた。ただ、実務上の動きにくさは残っていた。改修案は県から渡された設計図書を前提に作られている。中身を詳しく公表すれば目的外使用に触れかねない。規則としての禁止ではなく、動きにくさが実際にあった。
その動きにくさは、いまも続いている。卒業制作に使いたいので図面のデータを提供してほしい、という問い合わせが、いまでも全国の学生からメールやSNSのメッセージで届く。手元にあるものは県から渡された設計図書に手を加えたものなので、そのたびに断っている。この建物を学びたいという人がいて、その材料を渡せない。
書けるのは、県が隠したという話ではない。この手続きは、最初から検証されない構造になっている、という話である。
もう一つ、記録の残り方について書いておく。
県は、サウンディング型市場調査のページを削除している。2021年に県自身がこの建物の価値を説明し、活用の提案を募った記録は、いま公にはたどれない。私がパンフレットの公開日を自分のSNS投稿の日付から追わなければならなかったのは、そのためである。
解体を進める側から見れば、終了した事業のページを整理するのは当然の運用である。
だが結果として、県が価値を認めていたことを示す最も明確な資料が、県の側から消えた。第2部で書いた通り、実施要領第1項第2号の記述は、この建物の価値についての行政文書としてはおそらく最良のものである。吊り屋根構造の系譜を並べ、日本刀の反りに触れ、和泉正敏の石組にまで及んでいる。それがいま、県のサイトには存在しない。
そして、これは行政だけの問題でもない。2021年にDOCOMOMOの国際本部が署名を呼びかけたときの詳細ページも、いまは削除されている。私の手元にあるのは記事のスクリーンショットである。第2部で本部と支部の4年の差を書いたが、その根拠の一方は、すでに一次資料としては失われかけている。
建物が壊れる前に、記録のほうが先に薄くなっていく。
第4部につづく