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まず自分の位置を書いておく。
私はBUNGA NET連載の執筆者には含まれていない。頼まれてもいないのに、この51本目を書いている。
私は高松で設計事務所を営んでいる一級建築士で、2014年7月に「香川県立体育館保存の会」を立ち上げてから、旧香川県立体育館の保存と再生に関わってきた。
会は2018年に「一般社団法人 船の体育館再生の会」に改組し、いまも続いている。2021年に県が行ったサウンディング型市場調査、地方自治体が所有している建物や土地の活用を検討するために民間事業者と直接対話して提案や意見を求める手法だが、これに提案を出した者の1人である。
外から見て私が矢面に立っていたのは、2014年7月から、2024年夏に開いた展覧会までの10年間だと思う。第0部のまえがきに書いた通り「旧香川県立体育館再生委員会」と私たちの会は違う団体である。
以上のことを書いておかないと、これから書くことの位置が定まらない。
12年のあいだ、この建物について多くのことを考え、そして発信してきた。そのほとんどの期間は、歴史的に価値のある建物の行く末に関心を持つ人たちのあいだで、議論が進んでいた時期にあたる。
連載の42人が書いているのは、主に、再生側と解体側の対立構図が鮮明になった局面以降である。私が書けるのはその手前にあたる。だからこの51本目は、連載と重ならない。
読者について一つ断っておく。この文章は建築の関係者に向けて書き始めたが、香川県内の人も読むだろうと思っている。だから、建築関係者には自明なことも、そのつど短く説明する。
旧香川県立体育館は通称を船の体育館という。1964年、東京オリンピックの年に完成した。設計は丹下健三、戦後日本を代表する建築家で、同じ年に完成し世界遺産化を目指している国立代々木競技場の設計者でもある。二つの建物は並行して設計が進められ、どちらも屋根をケーブルで吊って支える吊り屋根(つりやね)構造で、兄弟作品と言われている。
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藤村龍至氏の稿は、連載のなかでもっとも実務的だった。行政側の意思決定を時系列で並べ直し、建築界の関与がそのたびに一歩遅れていたことを指摘している。維持できないと判断された後に残せと言い、解体が決まった後に再生できると提案し、工事が始まってから壊し方が危ないと言う。順番の指摘は正確で、痛い。
その上で氏は最後に問いを置いた。
「声を上げなくてはならなくなる前に、私たちは行政の隣にいられなかっただろうか」と。
私はこの問いに敬意を持っている。だから、否定ではなく事実で答えたい。
「隣には、いた」と。
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2018年、香川県は新香川県立体育館の基本・実施設計業務について公募型プロポーザル、設計案そのものではなく設計者の考え方や体制を評価して選ぶ方式を実施した。応募は32者。4月に提案書の評価があり、5者が2次審査に進み、5月22日に県庁舎で公開プレゼンテーションが行われている。一般傍聴は約130人。その後の審議は非公開で、6月20日に最優秀者が発表された。11月に契約が結ばれている。
評価委員は9人だった。評価委員長は当時の京都工芸繊維大学教授が務めている。同じ人が、2013年5月から2018年9月までDOCOMOMO(Documentation and Conservation of buildings, sites and neighborhoods of Modern Movement、モダン・ムーブメントに関わる建物と環境形成の記録調査および保存のための組織)の日本支部、DOCOMOMO Japanの代表を務めていた。公開プレゼンテーションが5月22日、最優秀者の選定が6月20日であるから、この審査は代表としての在任中にあたる。委員には法政大学教授の建築家と、日本大学名誉教授の構造家も加わっていた。前者は、この連載で自分が審査員だったことを開示している。後者は、いま保存を求める側にいる。
9人のうち、建築の分野から建物の価値を語りうる立場の委員は5人いた。そして委員には、県の教育長が加わっていた。
この名簿について、私は評価を加えない。加えられることが何もないからである。公募型プロポーザルの評価委員として、近代建築史の研究者を委員長に立て、建築家と構造家を入れ、既存建物の活用の実践者を入れ、交通の専門家を入れ、地元の体育と観光の団体の代表を入れ、発注者側の教育長を入れる。1つずつ見ていけば、どれも妥当な人選である。誰かが誰かを排除した形跡はない。妥当な人選を9つ積み上げた結果として、旧香川県立体育館について語りうる人たちが、新香川県立体育館の審査の席に同時に着いた。
そして、その審査の委嘱(いしょく)の範囲は、新しい施設だった。旧香川県立体育館は、この審査の議題ではない。
私はここで「委員たちは旧香川県立体育館について発言しなかった」とは書けない。書けるのは、委嘱の範囲がどこまでだったか、それだけである。評価委員は委嘱された事項を評価する。その席で委嘱の外の議題を持ち出す作法は、公募型プロポーザルの審査という手続きには用意されていない。持ち出せば審査の公正性が疑われる。そのことについては藤村龍至氏も寄稿で触れている。
この構造は、誰が入っても同じだろう。私が入っても同じだった。次に同じような人選が起きたとき、その席を引き受けるかどうかを考える人が、判断できる材料の一つとして、私はこの文章を書いている。

あなぶきアリーナ香川(新香川県立体育館)/PHOTO:Noriyuki Kawanishi
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時系列を確認しておく。
旧香川県立体育館が閉館したのは2014年9月末である。県が解体方針を決めたのは2023年2月。その間は8年5か月ある。2018年6月の新香川県立体育館の審査は、旧香川県立体育館が閉館してから3年9か月、解体方針の決定まで4年8か月の位置にある。
つまり、ほぼ中間点である。
もし両者が接続できていれば、早すぎたのでもなければ、手遅れでもなかった。旧香川県立体育館の建築の価値を語りうる人が9人中5人いる新香川県立体育館の審査の場が、旧香川県立体育館の運命が決まっていく8年5か月のちょうど真ん中にあった。藤村氏の「常に手遅れだった」という診断に対して、私が出せる具体的な反例はこれである。手遅れだったのではない。真ん中にいて、議題が別だった。
ここで、今後の書き方について一つ断っておく。この文章では、時間と人物を一つの文で結ばない。時間は建物の記録として扱う。名簿は名簿の段落に、年月は年表の段落に分けて置く。2つを繋ぐのは読者であって読み方は読者に委ねたい。
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旧香川県立体育館の側にも、外部の専門家はいた。
私は長いあいだ、旧香川県立体育館には有識者が置かれなかったと理解していたが、これは誤りである。ある記者が情報公開請求で開示した文書のなかに、2021年10月18日付、保健体育課作成の「旧県立体育館のサウンディング調査(アドバイザー)」がある。県は建築(構造)と、事業運営・ファイナンスの2分野で、専門家に助言を求めていた。しかし氏名と所属は黒塗りであり、経歴や資格など、どのような人物だったのかは分からない。
だから、置かれたか置かれなかったか、という対比は成立しない。成立するのは形式の差である。
新香川県立体育館の設計者選定では、評価委員会が置かれ、一次審査を通過した者が公表され、公開プレゼンテーションが130人の傍聴のもとで行われ、映像記録を通して評価委員会と設計者との間でどの様なやり取りがされたのかが残っている。そして旧香川県立体育館のサウンディングでは、アドバイザーが立てられ、氏名と所属は伏せられ、県職員との面談は個別に非公開で行われた。
同じ県が、ほぼ同じ時期に、2つの建物について外部の専門家を使っている。片方は公開され、記録が残った。片方は非公開で、記録が残らなかった。この差は、誰かの意図によるものではない。手続きの種類が違うからである。設計者選定は公正性を担保するために公開が原則で、市場調査は事業者のノウハウを守るために非公開が原則である。どちらの原則も正しい。
ただ旧香川県立体育館についての判断は、誰も検証できない側に置かれた。
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旧香川県立体育館について、議会では議題とならなかったのか。
県議会の会議録は公開されている。
2014年10月24日、決算行政評価特別委員会。閉館の約1か月後にあたる。ここで教育長は、平成24年7月の段階で屋根の落下の危険性が生じているとしてアリーナ部分を閉じたこと、平成25年度に実施設計をやり直した上で入札を3回行い、資材価格の高騰と労務単価の上昇に加えて吊り屋根構造の特殊さもあって3回とも応札者がなかったこと、平成26年度予算では10億円を超えて計上していたがそれをはるかに超える金額が見込まれたこと、天井が低く全国規模の大会が何競技かは開催できないことを述べている。
ここで正確に書いておかなければならないことがある。3度不調になったのは、耐震改修工事の施工業者を決める入札である。耐震改修工事の設計は完了していた。実施設計はすでに丹下都市建築設計が行っており、図面は存在していた。実施設計の予算は1029万9000円である。設計が決まらなかったのではなく、その設計で工事を請ける会社が現れなかった。ここを混同すると話しが変わってしまう。
同じ2014年10月の委員会で、1人の委員が正面から問うている。天井が低くて全国規模の大会が開けないというのは、耐震化や補修をする前から分かっていた話ではないか。中核的体育館の調査検討委員会(のちの新県立体育館整備検討委員会)もあるのに、実施設計に1000万円をかける時点で検討はなかったのか、と。
教育長の答えが、この件で重要な記録だと思う。実施設計を行うということは、今の天井は低いけれども辛抱強く使っていこうというのが前提にある、と述べているのである。一方で中核的な体育館の調査検討も行っているのは、まずは古い体育館を使いながら将来的にどうするのかを併せて調べるという整理だった、と。
2014年10月のこの答弁は、1年前のことを振り返っている。つまり、耐震改修工事の入札が行われていた2013年度の時点で、県の方針は、直して使い続けることだった。解体ありきではない。入札の不調が方針を変えた。私は2023年2月に、閉館当初から解体ありきだったという趣旨の文章を書いたことがある。少なくとも2013年度については、それは当たっていなかった。この答弁が示しているのは閉館の前の方針であり、閉館のあとの県の考えまでは、この記録からは分からない。
同時に、機能が不十分だという理由が、閉館の決定に後から加わったものであることも、この委員と教育長のやりとりから読み取れる。推測ではなく記録である。
そしてもう1つ。同じ場で教育長は、他の用途としての利用の可能性に触れて、必ずしも県で整備をする必要があるとは思っていない、いろいろな意見があろうかと思うので意見を聞いて、と述べている。2014年10月である。サウンディング型市場調査の7年前に、民間活用の可能性は口にされていた。
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翌年の記録には、この建物そのものが正面から出てくる。
2015年11月26日、平成27年11月定例会の代表質問である。
ただし、取り上げたのは早く壊せという側だった。
質問者は、屋根を補強する特別な工事が必要とされたこと、予算を6億円近くから8億円余りまで引き上げたが実施に至らなかったこと、天井が低く競技施設としての機能も十分でないこと、財政運営指針で多額の収支不足が見込まれるなか優先すべきは県民の生活に影響する行政サービスであること、新旧2つの体育館を維持管理していく財政的余裕は本県にはないこと、東京では同じ設計者のホテルが再開発で取り壊された実績があること、県立体育館の保存に対する県民意識がそれほど高くはないと思われることを述べ、早急に解体の方針を決定して新体育館の整備に向けて次のステップを踏み出すべきだと求めている。
この質問には、もう1つ数字が出てくる。本県には約42億円をかけて歴史的・文化的・芸術的価値を保存するという判断をした県庁舎東館がある、というものである。質問者はこれを解体推進の論拠として引いている。すなわち同じ県がすでに1つ保存したのだから、2つは無理だ、という文脈である。
裏返せば、同じ県が、同じ設計者の建物に42億円をかけて保存した実績がある、ということでもある。この数字は第2部でも出てくる。
教育長の答弁は、改修を見送って閉館した理由として多額の経費と競技施設としての機能の不十分さを挙げ、安全上の措置を説明した上で、体育館以外の用途としての利用の可能性なども含めて関係部局と協議しているところだ、仮に解体するとしても多額の費用が想定されるので県財政に留意しつつ引き続き検討を進め、県議会の意見を聞きながらその取り扱いを固めたい、当面は今の状態で適切に管理を行っていく、というものだった。
決めていない。2014年8月に雑誌の取材に教育長が答えた内容も、これから保存するか取り壊すかを検討していくというものだった。2014年から2023年まで、県は公には未定を貫いている。
議会で旧香川県立体育館を語る回路は、存在していた。そして、そこを通ったのは解体を促す声だった。回路がなかったのではない。回路はあって、私が読んだ範囲では、そこを通る声の向きが一方に偏っていた。
断っておくと、2014年から2023年までの会議録を私が通しで読み切ったわけではない。存続を求める質問が一度もなかった、とまでは書けない。書けるのは、この日の記録がこうだった、ということまでである。

香川県庁舎東館/PHOTO:Noriyuki Kawanishi
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ここで、一つ区別を入れておきたい。
藤村氏は行政の隣にいられなかっただろうか、と問うた。だが行政には、少なくとも二つの部分がある。執行部と議会である。この件では、その二つが時期によって正反対の側に立っている。
現在に至るまで執行部の側は、建物の価値を否定していない。2014年8月の取材でも、閉館の理由として挙げられたのは経費と競技施設としての機能であって、建築としての価値ではなかった。同じ年の10月の委員会では、他の用途としての利用の可能性を含めて検討する、必ずしも県で整備をする必要があるとは思っていない、と述べている。2015年11月の答弁でも、体育館以外の用途の可能性を含めて関係部局と協議している、議会の意見を聞きながら取り扱いを固めたい、と述べて、決めていない。2021年のサウンディング型市場調査の実施要領には、我が国最初期の吊り屋根構造であること、日本刀の反りがイメージされたこと、和泉正敏の石組があることまで書き込んでいる。2023年2月の回答でも、建築的な特徴を説明した上で英語版のパンフレットまで作って提案を求めた、と書いている。
執行部は、解体方針を決定するまで態度を保留していた。
一方、議会の記録に現れる旧香川県立体育館は、この時期、別の姿をしている。2015年11月には早急に解体の方針を決定すべきだと迫られ、2018年6月の新香川県立体育館の中間報告では後年の負担の先例として一度だけ登場し、2021年7月の質疑には一度も現れない。
議会は、解体を決めろと迫っていた。
そして、解体方針が決まったあとで、向きが入れ替わる。2024年には、解体費の妥当性を検証する場を作ってほしいという要望が議会に持ち込まれ、その年の12月に一般質問として取り上げられている。詳しくは第4部に書く。
保留していた側が決め、決めろと言っていた側から検証を求める声が出る。しかも、その入れ替わりは解体方針の決定を境にして起きている。
藤村氏の処方箋には、この区別がない。「行政の隣にいられなかっただろうか」といっても、執行部の隣にいるのと議会の隣にいるのとでは、できることが違う。そしてこの件では、どちらの隣にいるかで、時期によって言えることの中身が逆になっている。
私はここで、各議員そして議会の判断を批判するつもりはない。県内の読者にとっては、自分が選んだ人の話である。書けるのは、議会という場でこの建物がどう扱われたか、という記述までである。
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2018年6月。新しい香川県立体育館についての4つの日付が並ぶ。
6月4日、県議会に県立体育館整備等に関わる特別委員会が設置される。前年12月に策定された基本計画の理念を実現するには、長く使われる施設とするための機能性などの議論が必要である、という観点からの設置だった。議題は機能性と運営である。
6月15日、同委員会が8項目の提言書を作成し、知事と教育長に申し入れる。外観のデザインなどの芸術性よりも機能性や収益性を重視してアリーナ機能を充実させること、戦略的な広報活動、建設コストや維持管理費を最適化した設計、管理運営方法と年間稼働日数の確保策、完成後の活用策やイベント誘致の方法、情報発信戦略、運営やマーケティングの知見を持つ人材からの意見聴取。そして8つ目に、これらの提言内容をプロポーザル評価委員会の審査委員に正確に伝えること。
6月20日、最優秀者としてSANAAが決まる。
6月21日、本会議で委員長が中間報告を行う。
この中間報告に、旧香川県立体育館が1度だけ登場する。新県立体育館は高松市にふさわしい外観は必要ではあるが、旧県立体育館がそうであったように、後年の維持管理費や改修費などが大きな負担となってはならない、という文脈である。
議題にならなかったのか、という問いへの答えは、ここでも同じである。旧香川県立体育館は議会に登場していた。ただし、何を残すかの文脈ではなく、何を繰り返さないかの文脈で登場している。教訓の材料としてなら、この建物は議会に入ることができた。保存の対象としては入っていない。
県議会の公式記録である。見立てではなく、ここに書いてある。
同じ報告から、新香川県立体育館の建設工事費を170億円から190億円と試算していたことも分かる。以後さんざん出てくる190億円という数字の出所は、基本計画である。改めて言うが、旧香川県立体育館の保存をめぐる議論とは、数字の桁が違うということは書いておく。
そして議会は、白紙撤回となったザハ・ハディッドの新国立競技場を引き合いに、魅力的なデザインが選ばれながら建設費が予定を超えた例に言及している。参考人からは、外観よりも使い勝手を優先させるべきだという意見が出ている。
新しい県立体育館について、議会は仕事をしていた。監視していた。監視の枠が金額と機能だった。
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2021年7月8日、令和3年6月定例会の一般質問。
この日付は、旧香川県立体育館のサウンディング型市場調査の提案参加申込が始まる19日前にあたる。
この日、議会に提案されていたのは、新香川県立体育館の建設工事においての令和4年度から令和6年度までの総額190億円の債務負担行為、複数年度にわたる支出についてあらかじめ議会の議決を得て将来の負担を約束しておく手続きだった。質問者は、最終的な建設工事費を190億円に抑えるための予算管理の方策を問うている。知事の答弁は具体的である。地盤調査結果に基づく杭工事の工法検討、ドーム部分の鉄骨建て方について想定される施工方法と工期に沿った工事費の積み上げ、工事発注までの物価上昇分の見込み。工期が32か月と長期にわたるため変動の予期は困難だが、仮に増額が必要となる場合でも、工事後半に施工される外構や内装仕上げ等の内容見直しによる減額などで増額幅の圧縮に努める、と。
質問者はこの文脈で、同じ市内の別の施設を引いている。当初事業費6億円の計画が相次ぐ入札不調で4回目の入札に至り、11億1800万円で落札され、さらに工事終盤に掘削できない岩盤が出現して完成が9か月遅れ、追加の増額が必要になった、という事例である。高松市によるプロポーザルで設計者が選ばれた施設で、事業費が当初計画の倍近くになっている、と。
つまり2021年夏の議会の関心は、新香川県立体育館の入札不調の懸念と着工後の工事費の膨張だった。
旧香川県立体育館が2013年から2014年にかけて3度の入札不調で改修を断念したのは、まさにその現象である。そして、同じ懸念が、新香川県立体育館については190億円という上限として詳細に議論され、旧香川県立体育館については、この日の議事に1度も現れない。
そして新香川県立体育館は2018年の基本設計から2021年前半の実施設計完了経て2022年4月の着工となる。議会内での議論の中身も会議録にある。
議会での争点はデザインと構造だった。メインアリーナは交流エリアとのあいだに壁を設けない構造で、同等規模のアリーナとしては全国に例がない。質問者はこれを全国初の構造の社会実験と表現し、遮音、物販場所、外部への音漏れ、入場券の確認といったデメリットを列挙して、関係者への周知を問うている。
知事は防音合わせガラスや電動遮光カーテンの採用、居住域空調、利用者動線の新設といった対策を答えている。
議会が新香川県立体育館の着工までの4年をかけて議論していたのは、工事金額に影響するデザインと構造の話であり終盤は内壁の有無だった。
その実施設計完了から着工までのあいだに、旧香川県立体育館についてのサウンディング型市場調査が始まり、そして終わっている。
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ここまでの記録を並べると、藤村氏の問いへの答えは次のようになる。
隣にはいた。近くにもいた。内部にもいた。新香川県立体育館の評価委員会には建築の価値を語りうる委員が9人中5人おり、発注者側の教育長も同席していた。旧香川県立体育館の側にも外部のアドバイザーが立てられていた。議会は新香川県立体育館について8項目の提言をまとめ、190億円の上限を監視し、トータル4年をかけてデザインと構造の是非を議論していた。
そして、旧香川県立体育館にとって大切だったこの時期、議題はずっと新香川県立体育館で埋まっていた。
だから問題は近さではない。枠である。隣にいた人たちは、それぞれ委嘱された枠のなかで、まっとうに仕事をしていた。評価委員は新施設を評価し、特別委員会は機能性と収益性を審議し、アドバイザーは提案の事業性と構造を見た。枠のなかで働くほど、枠の外は議題にならない。
そして、この件で恐ろしいのは、価値が理解されなかったことではない。価値は理解されていた。
枠の外に置かれたのは、旧香川県立体育館を残して使うという選択肢そのものだった。
新しい県立体育館をどうつくるかを決める場で、古い県立体育館も使い続ける案は、一度も対象として並べられなかった。並べられなかった選択肢には、退けられた理由も記録も残らない。
新施設の金額を監視する枠のなかでは、既存施設の保存は追加費用としてしか現れない。
すでに高すぎると批判されている案件に、保存の主張を持ち込めば、それは批判の燃料になりうる。
保存を口にすることが新香川県立体育館への攻撃に転化してしまう局面では、執行部の既存施設の保存派も新施設の推進派も口を開けない。
二重の閉塞である。
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この「語れなくなる」という現象について、私はしばらく、自分の見立てにすぎないと思っていた。
そうではなかった。行政の側が公式文書で説明している。
2023年、このサウンディング型市場調査に関する行政文書の公開を請求し、非公開とされた部分について、5節で書いた記者が追加で審査請求を行った。県教育委員会が出した弁明書に、アドバイザーの氏名・所属・提案書に係る意見を非公開とした理由が書かれている。建物の保存等を求める署名活動が2014年から行われ、この調査も報道で多く取り上げられる状況のなかで、この調査を経て解体の方針を固めることとなった、そのなかでアドバイザーの氏名や所属、提案に対する意見を公にすることは、アドバイザー自身やその所属する組織に不利益を及ぼすおそれがある、と。
保存運動が存在することを理由に、専門家の名前が伏せられている。
この判断そのものを批判するつもりはない。条例に照らした判断であり、手続きの建て付けとも整合している。開示請求で何が出て何が出なかったかは、第3部で詳しく書く。
ここで書いておきたいのは一点だけである。この建物について県庁内部で専門的な意見を述べた人は名前を出せない、と行政の公式文書が説明している。私の見立てではない。
近い人ほど語れなくなる。これは私が12年見てきた相関だが、その理由の1つは、こういう形で制度に書き込まれている。
香川県庁/PHOTO:Noriyuki Kawanishi
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もう1つ、語り始めるまでに何が要るかを示す例がある。
旧香川県立体育館の設計者の側の動きである。
2025年8月1日、丹下健三氏の御子息でありTANGE建築都市設計の代表でCEOである丹下憲孝氏は、再生委員会の長田委員長宛に応援の文章を送っている。公開の声明ではなく、委員長個人に宛てた私信の形式である。県への異議も、解体への言及もない。委員会が文化的側面と経済的側面の両方に光をあてる形で活動していることへの感銘、父の建築が香川の自然や環境に寄り添いながら構造と造形の新たな挑戦を行ったこと、自分にとってもかけがえのない建築であること、そして今後力添えできる機会があれば申し付けてほしいという申し出。それだけである。
2026年3月19日、公開の声明が出る。県が3月中に解体へ着手する見通しとなっていた時期である。TANGE建築都市設計のSNSなどで公表された。ここでは個別の建築の存廃ではなく、日本の近現代建築のあり方全体に関わる重要な課題として書かれている。戦後に建てられた優れた建築が十分な議論のないまま次々と姿を消していることへの強い危機感。これらの建築は単なる老朽施設ではなく、戦後の社会がどのような価値観のもとに都市や文化を築いてきたのかを示す文化資産である、という位置づけ。安全性や財政的な制約が重要な判断要素であることは理解する、という一文も明記されている。そのうえで、継承とは単に形を残すことではなく、今の時代に求められる新しい用途を有した上で継承していくことだ、と書いている。いま問われているのは個別の建築の存廃ではなく、どのような文化を未来に残そうとしているのかという姿勢そのものである、と結ばれる。宛先は社会一般である。
2026年9月9日、3つ目が出る。ここで初めて県の判断に対する異議になる。2012年に自社が県の下で実施した耐震診断が解体の唯一の根拠として語られていることへの葛藤と憤り。診断は今後も長く安全に使い続けるための改修計画の起点として実施したものであって、解体のための免罪符ではない、という主張。
私信での応援から、公開の一般論を経て、名指しの異議へ。1年1か月かかっている。
私はこれを設計者の側が沈黙していた例としては読まない。段階が上がっていった理由を、丹下氏の側の事情としてだけ読むのも違うと思う。
県の側の姿勢を横に並べてみる。
2014年から2023年2月まで、県は公には存廃については未定を貫いていた。教育長は取材にも議会にも、保存するか取り壊すかはこれから検討すると答え続けている。未定の相手には、異議を申し立てる先がない。私が把握している範囲で、設計者の側からの存続を望むなどの発信が、この期間に見当たらないのは、そのためではないか。
2023年2月、県が解体の方針を決める。2025年7月に再生委員会が買い取りの意思を示し、その1週間後に丹下氏の私信の応援が出た。同じ月に県は解体工事の入札を公告している。
2025年12月、県議会が契約議案を可決し、契約が結ばれる。翌2026年2月10日、丹下氏から県知事宛の書簡。
2026年3月、県が3月中の着手を見込むなか、丹下氏が日本の近現代建築のあり方全体を論じる声明を出す。工事は地元説明会での意見を受けて延期され、4月に着工した。
2026年9月、裁判所の要請を受けて県が工事の一時中断を決める。ただし県は同時に、中断の期間が終われば直ちに工事を再開すると公表している。一時的に止めるが、方針は変えない、という意思表示である。同じ月に、丹下氏から県の判断そのものへの異議が出る。
つまり相手が一段進むたびに、応答が一段上がっている。
私信から一般論へ、一般論から名指しへという順序は、書き手の側で何かが熟していった過程ではなく、相手の出方への対応だったと見るほうが自然である。因果としては書けない。だが、対応の並びは記録として置ける。
そう読むと、設計者の側が語り始める条件が見えてくる。時間ではない。相手が動くことである。そして、この件で設計者の側が動いたのは、壊す意思が具体的な形となった時だった。
存続を望む声が上がらなかったのではない。上がる先が、長いあいだ存在しなかったのである。
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ここまで書いてきて、まだ触れていない側がある。県庁の内側で、この建物を直す仕事をするはずだった部署である。
1973年に竣工した瀬戸内海歴史民俗資料館は、DOCOMOMOの選定建築物である。設計者は香川県建築課、と記録されている。県の営繕部門が設計した建物が、後年、保存すべき近代建築として選定され、2023年には国の重要文化財となっている。BUNGA NETの連載の2本目で北山氏がネットワークの結節点として名指しした山本忠司は、その建築課を束ねていた。
県議会の、2015年11月の代表質問に、人事行政についての項目がある。そこには、平成7年度以降の行財政改革で職員数を平成10年度比で約24パーセント削減し、全国で最も少ない2800人体制になったこと、その手法が退職者数に見合う採用を行わない単なる引き算だったこと、結果として年齢構成のアンバランスという組織上の大きな傷跡が残り、20代後半から30代の層が非常に薄くなったことが述べられている。
因果関係は特定できないが、旧香川県立体育館の2013年の耐震改修工事の入札は、3度不調になった。
そして解体工事でも同じことが起きている。解体の方法や費用を把握するための設計業務は、2023年5月に12社を指名した指名競争入札が不調となり、業者を入れ替えて8社を指名した6月30日の2回目も、7社が辞退するなどして応札が1社にとどまり、県の規定に基づいて不調となった。当時、県営繕課は、金額や業者の忙しさ、建物の文化的価値などさまざまな要因が考えられるが特定はできていない、としている。
解体工事の監理業務も2度不調になった。2026年1月20日、高松市の建築設計事務所12社による指名競争入札で、10社が辞退または不参加、応札した2社のうち1社が最低制限価格未満で失格、1社が予定価格を超過した。翌2月の2回目も、9社が辞退または不参加で不調に終わっている。県は最終的に、解体の実施設計を手掛けた事務所から見積を取り、予定価格の範囲内だったとして随意契約した。
直すときも、壊す計画を立てるときも、その工事を監理するときも、この建物は通常の入札制度では決まらなかった。
香川県の営繕課の前身である建築課は多くの建物を直営設計していた。そして、数十年を経ていまは発注と設計が分離し、入札制度も変わっている。部署外から見れば同じような仕事に見えて、前提となる制度がまったく違う。そこを踏まえずに山本忠司の時代と並べれば、それはただの懐古になる。
書けるのは、体制と制度が変わったという事実と、その結果として何が成立していないかである。そのうえで問いの形なら立てられる。難易度の高い工事に対して外部の知見を組み込む仕組みが、この県の発注体制のなかに用意されているのか。用意されていないとすれば、それは誰の怠慢でもなく、制度設計の空白である。

瀬戸内海歴史民俗資料館/PHOTO:Noriyuki Kawanishi
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最後に、2013年の改修工事の3度の不調について、県の記録だけで書けることを書いておく。
1度目の公告は平成25年10月24日、予定価格は5億7888万円、11月15日開札、応札者なし。
2度目は同年12月5日の再度公告。県はここで入札参加資格要件を見直し、直近の単価に置き換えている。予定価格5億8968万円、12月27日開札、応札者なし。
3度目は平成26年1月16日の公告。入札参加表明のあった3社から参考見積を取り、予定価格を見直している。予定価格8億1432万円、2月14日開札、応札者なし。
県が調整したのは、予定価格と入札参加資格要件である。設計は変わっていない。
一方で、県は旧香川県立体育館の耐震改修工事の入札不調の理由についてのヒアリング結果を文書に残している。
全国的な資材価格の高騰と人件費の上昇に加えて、吊り屋根構造の特殊性、全国でも改修事例が少なく施工の難易度が高いため下請専門業者が慎重で見積が割高になること、工事中の降雨対策や仮設足場の費用が割高になること、吊り屋根の劣化した部分が目視以外では不明確でリスク管理のための工事費が割高になること、屋根プレキャストコンクリート版の目地部の斫り(はつり)施工が難しいこと、屋根の下地状況が不明で下地処理が難しいこと、下請業者に見積を依頼したが回答がなかったこと。
読めば分かる。これは価格の話ではない。施工方法が確定できないという話である。
同じ時期に取材していた当時は日経アーキテクチャの記者であった、BUNGA NETの宮沢洋氏が、のちにこう書いている。改修費が読みにくかった大きな要因として、吊り屋根が構造的にコンクリート躯体(くたい)とつり合っているため、想定されていた防水補修のコストでは済まないという懸念があったようだ、と。県の記録とは別の経路から、同じ場所を指している。屋根の補修が屋根だけの工事にならない、可能性があるという話である。
県はそれを聞き取り、文書に残した上で、対応としては予定価格を上げた。
不調が続けば、通常は設計に立ち返る。工法を変えるか、範囲を絞るか、仕様を落とすか、設計者と一緒に成立する形を探す。実務をやっている人なら誰でも知っている手順である。それが行われた記録はない。
そして7年後の2021年、県はサウンディング型市場調査において、提案者に対して平成25年度耐震改修設計の改善点と代替案の提示を求めた。造形性・空間・構造的特性を踏まえた改修案、安全確保のための構法と経費まで含めてである。費用は原則として事業者の負担。申込の期間は2か月余り、提案書の提出までは3か月足らず。
県が自分でやらなかったことを、7年後に、民間に対して、全額そちら持ちで、3か月足らずで出せと求めたことになる。

旧香川県立体育館/PHOTO:Noriyuki Kawanishi
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藤村氏の処方箋を、私は否定しない。設計者や施工者が日頃から行政の隣にいることは、必要である。
ただ、条件が1つ足りない。
隣にいることは、この件では実現していた。実現した上で、隣にいる人ほど、語れる範囲が委嘱と手続きの内側に縮んでいった。評価委員は評価委員として、アドバイザーはアドバイザーとして、議会は議会として、それぞれの枠のなかで正確に働いた。枠の外の議題を持ち込む仕組みが、どの枠にも用意されていない。
そしてもう一つ。隣に立つには、資格が要る。
ただの専門家では隣に立てない。評価委員に委嘱されなければ審査の場には入れないし、議会で発言するには議席が要る。専門家として意見を求められるには、そう求められるだけの立場が要る。
隣にいることは、態度の問題ではなく、資格の問題である。日頃から行政の隣にいようと思ったとき、まず必要になるのは志ではなく、その席に着ける形を先に整えておくことだ。私自身がどうやってその形を整えようとしてきたかは、第3部と第4部で詳しく書く。
だとすれば要るのは、近づくための方法ではなく、近づいた人が委嘱の範囲外の議題を持ち込める回路である。制度として、である。設計者選定の評価委員会に、周辺の既存公共建築の扱いについて所見を付す枠を設けてもよい。市場調査の実施要領に、対象建物の処分方針が未定である場合はその旨と検討状況を明記させる項目を入れてもよい。特別委員会の付議事項に、対象事業に関連する既存施設を含めてもよい。今の私には資格がないが、どれも小さな変更なのではないか。
近づいた人に枠を超えた勇気を求めるのは、個人の資質に頼ることになる。そうではなく制度の設計に組み込むこと。再び個人の資質に頼れば、次に同じ席に座る人が、また同じ位置に置かれ語れなくなる。
隣にはいた。だから次に問うべきは、隣にいる人が何を言えるようにするか、である。

旧香川県立体育館/PHOTO:Hidehiko Waki
カワニシさん、HAの際に常に模型を持ってこられていたのが忘れられません。しっかり拝読させていただきます。
ご無沙汰しております。HAでの経験は今も糧になっています!
私なりに配慮しているとは言え、関係者の方々の個別の活動の輪郭に触れる話しをしていているので、後からお叱りを受けそうだなと、思いながら書いています。
とはいえ知ってもらうことで、多くの人が今後に活かせる記録になると思っています。
時系列に沿って語ってもくれているので流れは把握できます。ただし、役人でもないのに、役所の弁明書類のように面白みがないのです。それはなぜかな、と考えると「おもんぱかり」に因があるように思われます。建築士の視座からその芸術性、堅牢さに深入りして、突っ張った意見、考えを表出した方がインパクトがあると感じます。こういったテーマには、人々の共感、思い入れの有無が重要だと思います。
ところで、代々木の「兄弟」とはいえ、その美しさにおいて比肩どころかかなり見劣りするなぁ、と感じるのですが、どうでしょう? 代々木の躍動感が見られない。それはスケールの違いとスロープの違いから来るのだと思います。半世紀前、当時高校生だった私は一度だけ訪れたことがあります。体操の試合の応援にね。外から見るより、中の開放感と採光の良さに屁え〜っと感嘆した記憶もあります。
コメントありがとうございます。おっしゃるように、建築そのものの芸術性や構造の魅力に踏み込み、もっと突っ張った意見を表明する書き方もあったと思います。
とはいえ、旧香川県立体育館(船の体育館)については、私自身、これまで建築的な価値や魅力を伝えること、保存の意義を訴えることを10年以上に渡りやってきました。
ただ、今は、そうしたことを語るべき人たちに役割を引き継いだ後なので、今回の論考では、建築の魅力を改めて訴えるのではなく、建築的な価値や魅力が認識されていたにもかかわらず、それが保存や活用の判断にどう結びつかなかったのか、その過程を追いかけています。
行政の資料や手続きに沿った書き方が、役所の弁明書類のようで面白みに欠ける、というご指摘は素直に受け止めたいと思います。一方で、今回は私自身の思い入れを前面に出すよりも、判断に至る過程を第三者が検証できる形で残すことを優先しました。
思い入れや共感を呼び起こす言葉が必要なのはもちろんですが、それだけでは保存の判断を動かせなかったという現実も、記録しておく必要があると考えています。
代々木との比較も興味深く読みました。同じ丹下健三の作品でも、代々木の体育館が見せる躍動感と、船の体育館の造形はかなり違います。スケールの違いもあるので、その事が印象に関係しているのだと思います。
仰るように船の体育館は外観だけでなく、内部の空間や光の取り入れ方も含めて評価する必要がある建築だと感じています。実際にバドミントンの高松市の代表として県大会の場で使用していたので、場の高揚感や開放感というのは体験として私も持っています。
建築そのものの魅力を語ることと、その価値が社会の意思決定にどう反映されるのかを問うこと。今回は後者を自分の役割として書いています。ご意見ありがとうございました。